大阪高等裁判所 昭和22年(ネ)111号 判決
訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。
二、事 実
控訴人は主文第一、二項同旨並に訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人は本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、被控訴人において、控訴会社が控訴人主張のとおり解散し、その登記手続を了したことは認めるが控訴会社は何時でも株主総会の所謂特別決議により会社を継続し従前の営業をすることができ、又解散中でも営業をすることができるのであつて、現に控訴会社は御陵前公益社と称して広告し事実上営業している。仮にこの御陵前公益社が控訴会社の営業でないとしても、控訴会社の取締役及び監査役等が営業しているのであるから、将来控訴会社は会社継続の決議をなし従前の営業をする虞がある。したがつて、控訴会社が清算結了の登記手続をするまで被控訴会社は控訴会社の商号使用の差止を請求する利益があると述べ、控訴人は(一)商法第二十条に規定する類似の商号かどうかを鑑別するには一般取引市場において世人が彼此混同誤認する虞のない程度のものかどうかをその商号自体について観察するを主要とし併せて取引界の実状を参酌するを妨げないのであつて、商号自体について観察するには殊に商号の主要部分が重要な観点となる。即ち、右の判断をするにあたつてはその商号の主要部分がいずれにあるかを見て決し主要部分が同一又は類似していて世人をして彼此商号を混同誤認せしめる虞がある場合には類似の商号ということができる。しかしながら二個の商号が類似するかどうかの問題が生ずるのは商号自体について両者判然区別できない場合であつて、両者が商号自体について判然区別できる場合には類似の問題が生じないのである。本件についてみるに、当事者双方の商号中に使用している株式会社なる文字は商法第十七条により使用すべきものであるから類似商号判定の対象とならず、各商号にはいずれも「堺」及び「公益社」なる文字があるが、被控訴会社は「堺公益社」であり、控訴会社は「公益社堺業務部」であつて、商号自体について両者判然区別できるのであるから本件においては類似商号かどうかの問題は生じないのである。仮に「公益社」なる文字が両者商号の主要部分であるとしても元来「公益社」なる文字はもともと大阪市にある訴外株式会社公益社が昭和七年以来使用してきた商号であつて公益社といえば葬儀、葬儀といえば公益社を連想せしめ公益社なる文字は葬儀社を意味する一般名詞となつたものであるから控訴会社の商号中に「公益社」なる文字を使用しても一般世人は被控訴会社と混同誤認することなく、寧ろ右訴外会社と混同する。そして控訴会社は、もと堺葬儀株式会社なる商号を使用していたが昭和十九年右訴外株式会社公益社と資本提携し、その傘下に投じたので親会社である同訴外会社の堺支店又は分店の意味で「公益社」なる文字をとりいれ株式会社公益社堺業務部と変更したのであつて、控訴会社の成り立ち、商号の真実性から見て、商号自体に被控訴会社の商号とは全然類似しない。(二)控訴会社の商号を現商号に変更したのは右のとおりであるからその商号を使用するにつき被控訴会社と不正競争の目的はない。(三)控訴会社は株主総会の決議により昭和二十六年八月十五日解散し同月十八日その登記をなし現在清算中であつて営業をしていないから不正競争の目的を理由とする被控訴人の本訴請求は法律上の利益がないと述べた外、原判決事実に記載と同一であるからここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
被控訴人が昭和十五年十一月二十五日株式会社堺公益社なる商号を登記し葬祭式場の飾付請負葬祭用品の賃貸その他葬祭に関する一切の業務を目的とし堺市で営業をしている会社であること、及び控訴人が堺葬儀株式会社なる商号で堺市において被控訴人と同種の営業を目的として昭和十五年十一月十二日設立登記をなし、同十九年九月二日株式会社公益社堺業務部なる現商号に変更登記をしたことは当事者間に争がない。
よつて先ず、控訴人の右商号が被控訴人の商号と商法第二十条第一項に所謂「類似の商号」にあたるかどうかについて判断する。商法第二十条第一項は商号を登記した者に、他人が不正競争の目的を以て同一又は類似の商号を使用することにより商号の混同誤認を生ずることを防止する権利を与え取引市場における商人の地位を保護しようとするのが、その趣旨であるから二個の商号が所謂類似の商号かどうかは取引上世人をして両者を混同誤認せしめる虞があるかどうかを標準として判断すべきで、その判断をするにはその商号自体について観察しなければならない。本件当事者双方の商号はその主要部分である「公益社」は同一であり且つ共に「堺」なる文字を取り入れてあつて、ただ「堺」なる文字が、被控訴人の商号では「公益社」の前にあるのに反し、控訴人の商号では、その後にあり更に控訴人の商号には「業務部」なる文字が附加されているが、商号自体について観察して両者は一般取引において世人をして混同誤認を生ぜしめる虞があるとみられるから所謂類似の商号ということができる。控訴人は控訴人の商号は控訴会社の成り立ち、商号の真実性からみて商号自体について被控訴人の商号と類似しない旨主張するが、所謂類似商号の判断の標準が前記のとおり取引上世人をして両者を混同誤認せしめる虞があるかどうかにあるから控訴人主張の事情は商号の類似性の判断に関する限りは考慮する必要がない。
次に控訴人は控訴会社は昭和二十六年八月十五日株主総会の決議により解散し、同月十八日その登記をなし、目下清算中であつて営業をしていないから被控訴人の本訴請求はその利益がないと主張し、控訴会社が控訴人主張の日時、その主張のとおり解散及び登記をなしたことは当事者間に争がないところ、被控訴人は清算中の株式会社は、株主総会の決議により会社を継続することができるのみならず、解散中にあつても営業をすることができるのであつて、現に控訴会社は事実上営業をしており又株主総会の決議により会社を継続する虞があるから本訴請求の利益がある旨主張するから、この点について考えるに、商法第二十条第一項に規定する商号使用差止請求権は同一又は類似の商号を使用する者の営業の存続を前提としていることは同条に「不正ノ競争ノ目的ヲ以テ」と規定していることから窺われるからその者が現に固有の営業をしているか、少くとも近くその営業活動をすることの確実な場合でなければならない。ところが、会社は解散すると清算の目的の範囲内においてのみ存続するものとみなされ一般的にその固有の営業を遂行する能力を失い、ただ清算人は現務の結了に必要な場合においてのみ取引をなし得るにすぎないものであるから、かかる状態の会社をもつて到底現に固有の営業をしているものと見ることはできない。もつとも、株式会社は解散後株主総会の特別決議により会社を継続し、その営業をつづけることができるが、単にそれだけの理由では前記の営業の存続があるとはいえない。したがつて会社が一旦解散した以上その会社に対し、もはや、商号使用の差止を請求することができないのであつて、ただその会社が近く会社を継続してその営業をすることが確実であるか、又は解散したにかかわらず事実上清算の範囲を超えてその営業をつづけているような特別の事情のある場合に限り、右請求をなし得るものと解すべきものである。本件において成立に争のない甲第十三号証(南大阪新聞)所載の御陵前公益社の広告が被控訴人主張のように控訴会社の事業の広告であるとか、控訴会社の取締役及び監査役の経営する事業の広告であるとかいう事実については、甲第十二号証及び第十四号証と対照しただけでは認定できず他にこれを認めるに足る証拠なくその他被控訴人の全立証によるも前記特別の事情を認定することができない。
そうすると、被控訴人の本訴請求はこの点において理由がないからこれを棄却すべく、被控訴人の請求をいれた原判決は不当であるから民事訴訟法第三百八十六条によりこれを取消し訴訟費用の負担について、同法第九十六条、第九十条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 大野美稲 熊野啓五郎 村上喜夫)